アレフ・レポート No.02
オクラホマ連邦ビル爆破事件

●資料0 オクラホマ・シティ爆弾事件に関する事実

マスメディアが触れたがらない情報を中心に

 1995年4月19日、オクラホマ・シティのマラー連邦ビル爆破事件は、爆風の犠牲者とその家族にとって、そして私たちアメリカ人が大切に保っている安全保障と治安に対しての悲劇であった。

 もしこのような犯罪が、アメリカの田舎であるオクラホマで起こりえるのなら、それは合衆国のどこでも起こりえるということだ。いまや損害が発生したため、ビルの破壊、周囲の地域、19人の子どもを含む168人の死者に対して、責任者はきちんとした説明をしなければならない。

 ビル爆破の計画と実行は、ティモシー・マクヴェイ(Timothy McVeigh)とテリー・ニコルス(Terry Nicols)が考案したものだったのか? 共犯者はまったくいなかったのか? この爆破事件については、解かれていない謎が多く残されている。

 たとえば、オクラホマ大学地質学部長、チャールズ・マンキン博士(Dr. Charles Mankin)は、学部の地震計表示によると実際に2度の爆発衝撃波があったと報告している。第2波は最初のものの数秒後に起こり、それはビルの「反響」や「爆風」の結果ではなかった。この2重記録は、オクラホマ・シティのカークパトリック・センター(Kirkpatrick Center)の地震計でも立証されている。

 ベントン・K・パーティン退役准将(Benton K. Partin)は、兵器研究分野で25年の実績があるが、ドナルド・ニコルス上院議員にこのような手紙を書いている。
「公刊資料で私が目にした資料から、わたしが確信を持って言えるのは、強化コンクリート建築物の損害パターンは、いくつかの強化柱の土台に追加の破壊装置を置いておかなければ、トラック一台では不可能なものであるということです。トラック爆弾1台のみによるものとする場合、破壊されえない柱が破壊され、破壊されてしかるべき柱が残っていたという事実と相反するのです」

 ビルの内側から爆発が起こったことを示す残骸その他の物質的な証拠についてはどうか? 救助隊によって発見された不発の爆発物、そしてFBIが周辺の建物から監視カメラテープのすべてを没収したという事実についてはどうなのか?

 わが合衆国政府は、J.F.ケネディ大統領暗殺事件のときと同じような陰謀に巻き込まれたのかもしれない、という人もいる。政府が市民を害する動機は何か? 対テロリズム法を通過させる(それは同時にアメリカ人の権利を制限し新世界秩序の先導役となると信じている人が多い)というクリントン政権の夢のためだったのか? この法案は、爆破事件前にはお蔵入りしそうだったが、事件後は広く支持されて通過した。あるいは、爆破当日に暴かれたホワイトウォーター・スキャンダルにおけるヒラリー・クリントンへの告発のためか?

 "Anguish In Oklahoma City(オクラホマ・シティの苦悩)" という30分ビデオの内容。


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